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未来のスター選手を取りこぼし続けるPSG…今後のカギは育成部門との連携

2017年11月3日(金) 19:03 

 
パリの郊外はどこもそうだが、普段は魅力的と言うよりも、むしろわびしい雰囲気が漂う。そんなパリ郊外にある街、ボンディも例外でない。

しかしボンディに変化が訪れたのは、9月初頭のある日のこと。この街に走る高速道路の分岐点のとある高層ビルに、キリアン・ムバッペの肖像が掲げられたのだ。トラックのハンドルを握る運転手たちも見逃しようのないほどの巨大なサイズだ。18歳になるこのパリ・サンジェルマン(PSG)の新しいスーパースターを囲む形で「可能性の街」という文字が輝いている。

ムバッペは、ボンディの少年たちの切実な憧れを体現した成功例の典型だ。ボンディは首都パリの市門から東にわずか9kmの場所に位置しているが、人口はたったの53000人。ここで育つ子供たちは主に低所得者用の公共住宅で暮らし、たいていの者にとって将来の展望が開ける見込みはない。

だが、ムバッペがそれは違うということを示した。フットボールは別なのだ。

ボンディは「才能」の眠る街。とりわけフットボールに関して言えば、実に才能の宝庫なのである。通りという通りのコンクリートの広場や人工芝に覆われた広場で、たくさんの少年たちが元気に駆け回っている。もちろん、パリ郊外の無数の町々と同様、ボンディにも犯罪や貧困や麻薬の売人がはびこっていることも事実だ。しかし、それ以上にフットボールに対する活気がある。

フランス人にモロッコ人、アルジェリア人、チュニジア人、セネガル人、カメルーン人、あるいはコートジボワール人……。どの子供たちも目を疑うようなテクニックでボールを操る。多くの文化が共存していることがこの街の強みでもある。

「パリとその近郊の広い地域には、大きな才能に恵まれた子供たちが本当に数えきれないくらいたくさんいるんだ」

フランス語版『Goal』の記者ユリエン・クヴェレンは語る。

本来なら、PSGにとってここは天国のような環境だと言えるだろう。我が家の玄関先であたりを見回しさえすれば、それだけで、素晴らしい才能を持った子供たちを見つけることができるからだ。要するに、まだ幼い段階で、少年たちを次々に自分のクラブに取り込むことができるのである。

だが、首都のメガクラブPSGの経営陣は、どうしてもそれをうまくやることができなかった。いや、彼らはそのことをさほど重要視していなかったのかもしれない。パリやその近郊に育ち、現在フットボール界を席巻しているにもかかわらず、少年時代にPSGの目に留まらなかった選手たちの数は相当数に上る。



例えばポール・ボグバとアントニー・マルシャルはパリを離れることおよそ20kmの郊外で育ち、PSGよりずっと小さい地元のクラブでプレーしていた。しかし彼らはPSGへと歩みを進めていない。マルシャルは13歳でオリンピック・リヨンに、ポグバは14歳でル・アーヴルACに移って行った。

それにリヤド・マフレズはパリの北およそ15kmに位置するサルセルで育ったが、PSGのレーダーが彼を捉えたことは一度もなかった。他にもジョフレイ・コンドグビアやティエムエ・バカヨコ……そんな“元少年”たちの数は、数え出したらきりがない。

■パリに照準を合わせて、スカウトの数を3倍に

これらの例は、長年の間PSGが若手の育成がうまくいかなかったことの原因の発端であろう。つまり、スカウティングの呆れるほどの怠慢と、強いアイデンティティーを持つクラブを作ろうとする意気込みの欠如が招いた結果だ。前出のクヴェレン記者はこう語る。

「自分たちで育てた若手を中心にしてトップチームを組み立てようという発想は、2011年にQSI(=カタール・スポーツ・インベストメント、カタール投資庁の子会社)に買い取られるまで、PSGのDNAには全く根づいていなかった。クレマン・シャントームやママドゥ・サコーのような選手もいたけれど、全体としてそういう流れが持続するようにはならなかった」

とにかくPSGではスカウティングが重要視されていなかった。ごくごく間近にスターの原石が走り回っているのに、お粗末な数の人員しか配置されていなかったのだ。2011年以前、QSIが経営に参加するまでは、PSGには全部で10人ほどのスカウトしかいなかった。今では、その数は30人に上り、中でも数人の極めて目利きのスカウトたちがパリ地域を専門に受け持っている。それゆえこれからは、ポグバやマフレズのような、またかつてのティエリ・アンリのような若者たちを間近で取り逃がすような羽目にならずに済むはずだ。

キリアン・ムバッペが1億8000万ユーロ(約234億円)でPSGに移籍した例もあるが、彼がPSGに入団することになったのは、2017年の8月の終わりになってようやくのことだ。なぜPSGはもっとずっと早い段階で、お金をかけずに彼を手に入れることができなかったのか。そんな疑問を投げかけずにはいられない。

ムバッペもまた幼い頃はPSGの目と鼻の先でプレーしていた選手である。だが、彼はかつてのアンリと同様、PSGに入団する代わりに、13歳でモナコへ渡ってしまった。

14歳でレアル・マドリーやチェルシーのような名だたるクラブの練習に参加した経験を持つムバッペの例は、今、全ヨーロッパのビッグクラブがパリ郊外に注目していることにつながってくる。名だたるチームのスカウトたちは、パリ郊外には磨けばダイヤモンドとなって輝く原石が転がっていることを今となっては知っている。それは同時にそういったスター選手の卵たちを獲得するための困難も増しているということだ。

ひと昔前までのPSGなら、この競争に勝つ見込みも意思もなかった。だが、PSGはどんどん改善されている。“自家の庭先”で育つ素晴らしい才能を巡る世界規模の競争に勝ち抜くために、努力しているのだ。

PSGは2011年以来スカウティングシステムに強力なてこ入れをし、トレーニングセンターの充実と専門化が図られた。また、FCバルセロナの育成部門を手本に統一的なプレースタイルを取り入れ、持続的に若手選手を獲得するための体制を整えたのだ。



今では11の国々、とりわけチュニジアやエジプトやポルトガルに育成部門を置き、世界中でスカウティングを行っている。もちろん自家の庭先への注目度も、より高めた。パリ近郊クラブの優れた若手選手たちを優先的に獲得する権利を手にしたのだ。

「これからはもう、PSGがパリで育った最高の選手たちを取り逃がすなんてことはないだろう。あったとしてもそれは非常にまれなことだ」。そうグヴェレン記者は分析する。

だが、それで問題が解決するわけではない。クヴェレン記者によれば、「育成部門とトップチームの間で滑らかに移行が行われるシステムが確立していない」そうだ。もちろんアドリアン・ラビオやプレスネル・キンペンベ、アルフォンス・アレオラ、またクリストファー・エンクンクのように、ユースからトップチームのレギュラーメンバーに昇格したり、あるいは少なくともコンスタントにメンバー入りしている選手たちもいる。だが、潜在的可能性から考えれば、その数はまだあまりに少ないと言える。

■ユースからトップチームへは今後も困難が…

そういうわけで、ユースの最高の選手たちが多くの場合、PSG以外のクラブと最初のプロ契約を結ぶことになると、クヴェレン記者は知っている。最近の例としては、ダン=アクセル・ザガトゥ(ボルシア・ドルトムント所属)やブバカリ・ソマレ(LOSCリール・メトロポール所属)が、PSGのトップチームでの激しい競争に将来の展望を見出せず、他のクラブに活路を求めた。

ジャン=ケビン・オーギュスタンやキングスレイ・コマンは一時PSGに残ったが、そこでメリットを見いだせていない。バイエルン・ミュンヘンに所属して現在すでに2年以上になるコマンは、かつて次のような非難の言葉を口にしていた。

「僕がPSGで学んだことは何もないよ。PSGは僕のことなんかちっとも気にかけてなかったんだ」

ムサ・デンベレは、もっと早い段階でPSGに見切りをつけている。彼はパリ近郊で育ち、8歳でPSGに入ったが、16歳の時にはもうPSGの育成部門を去ってFCフラムへ移籍した。

「僕は気づいたんだ。PSGはユースの選手たちに、たいした期待をかけてないってことにね」

かつてデンベレは、PSGでの処遇に対してそう語っている。

現在PSGが持っている手持ちの原石、ティモシー・ウェア、ヤシン・アドリ、アレク・ジョルジャン、クラウディオ・ゴメスの場合には、ことはもっとうまく運ぶに違いない。彼らはPSGの育成部門に所属する年長のユース選手の中でも、おそらくは最高の才能の持ち主と見なされており、まもなくトップチームへの昇格を果たすものと思われる。

彼らは皆、パリ郊外出身の若者たちだ。ボンディのあの高層ビルでムバッペの肖像を囲んで輝く文字が告げているように、彼らにとってもこの辺りは「可能性の街」となることだろう。これまでその可能性は、パリ近郊に生まれ、街のフットボール場を駆け回る才能豊かなキッカーたちのうち、あまりにもわずかな者にしか開かれていなかった。残念ながら、これは紛れもない事実だ。

しかし今、可能性の街は正しい道を歩み始めている。それは容易な道ではない。だが険しいなりにも先に見えるのは希望の光だ。

文=オリバー・マイヴァルム/Oliver Maywurm

(提供元:Goal.com

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